「駿河湾から2,5キロ内陸に津波跡か」6月23日朝日新聞の記事の問題点

 以下、専門家である地質、地震学の塩坂博士から連絡を受けて掲載させて頂きます

は5月25日静岡新聞に先に取り上げられた地質屋の直感でおかしいと感じ、早速バイクで現地調査に行くことになった。
現地は丸子川の中流「寺田」寺田大橋から下流を見た写真では、いかにも津波が遡上してきそうな地形、橋を渡り西に行くと道路の工事中すでにトレンチは埋められ舗装の最終段階残念ながら堆積物そのものを観察することはできなかった。
記事によると、「海抜10m地点でー1,5mの部分に20~30CMの砂礫層があり厚さ50CM以上の粘土層に挟まれた形になっている。」
津波の遡上の根拠として。
①海生の有孔虫の化石が多数見られた。
②層の流れ方が河川の氾濫とは逆の駿河湾からの遡上方向と一致する。
③押し波や引き波を何度か受けた形跡がある。

①②は、海生の堆積物であることを示している、③はクロスラミナ(斜行葉理)で、津波で形成されるものではなく、湾内の堆積物が流動方向の変化でみられるものである。


結論
現地調査の結果から、津波の痕跡ではなく5~6000年前の縄文海進の堆積物である。

結論に至った理由
①津波の先端の堆積物は泥質・細粒な砂層。必ず木片が混入している、厚さは数センチ。
②堆積物の高さが8,5mで登呂遺跡の縄文海進の波蝕面と調和的。
③土地条件図からわかるように、現地はアルカリ玄武岩のリアス式海岸で湾内に海生粘土が厚く堆積しそこに海進に伴い砂礫が砕け波により供給され、その後丸子川の堆積物が1,5m堆積した。

今後の課題は、砂礫層に中の木片から炭素同位体年代測定(14C)により堆積年代を特定する必要がある。

古文書からの思い込みで、何でも津波につなげてしまう非科学性に警鐘をならしたい。