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政策特急「第2話  文化財は次世代の産業となり得るか」

-文化財が産業の4番目の地位を占めるまでになったイギリス―

背景)最近、安いものを大量生産し消費する浪費型経済体質である「消費量を豊かさの象徴とする時代」から、歴史や文化的に価値あるモノを創り、保全・活用型経済体質「心の豊かさを実感できる時代」へと日本の地方のあり方も変えてゆく必要があると実感している。
そのような中、デービッド・アトキンソンさん(英国貴族で小西美術工藝舎会長兼社長、元ゴールドマンサックスアナリスト)は、イギリスがここ30年で国が文化財を重視する方針に転換し、文化財を修理する産業が生まれ、文化財に関する産業が4番目の産業の地位を占めるまでになった、まさに「文化財は産業」である」と述べられたことに興味をもった。

1) イギリスの文化財投資政策
イギリスは、産業革命の時期から1950年代あたりまで世界の産業製品のマーケットシェアがピークで50%あった。1900年がそのピークで、そこからずっと下がっている。その後、今の日本と同じようにポンド高、産業の飽和で景気が悪化。失業率も13%となった。そのイギリスで今から30~40年前にサッチャー政権は、若者を雇って、国会議事堂を修復することになる。
予想外に、きれいになった国会には観光客が増えて、入場料収入が増加、失業者も減って、治安もよくなったのだった。

その成功をきっかけに、隣のウェストミンスター寺院やセント・ポール大聖堂も修繕、イギリスの全国の文化財に対して徹底的に投資をすることになったのである。
これはポンド高からはじまった偶然の政策とも言える。

2)イギリスにおける文化財修復の経済効果
 文化財に対して投資したイギリスの直接的な経済効果は、日本円に換算すると1兆7000億円。間接的な経済効果まで入れると、2兆8840億円となる。全体で見ると、イギリス経済の2.7%を占める。また、観光の90%は文化財をどこかで見るという調査結果があるので、観光業界まで含めるとイギリス経済の9.1%を占めることになる。観光客が使うお金の36%が文化財に直接入り、64%がまわりの施設であるホテルやレストラン、カフェなどに入る。文化財にかかわる人々の数を見ていくと、修理を行う職人や管理者などが46万4000人。それ以外の関係者や観光にかかわる人々もいれると265万人になり、イギリスの労働者の約12%を占める。

3)日本の文化財の現状と投資の必要性
 そこで、改めて日本の文化財を見てみるとかなり問題が多い。ボロボロであることは間違いない。職人文化がいまだに生きていることは良いことだと思うが、十分な予算が出ているとは思えない。一方で、それを増やす努力もほとんどしていない。また、観光に対する意識も低く、サービス精神がほぼゼロであると感じる。日本では文化財を見に行くと、入口で拝観料を取って、写真を一枚撮って帰るだけだ。その場所にいる時間は1時間もないし、十分な説明もない。イギリスは生涯学習で有名な国だが、文化財を訪問することはイギリス人にとって生涯学習のひとつ。楽しみとして勉強に行くわけだ。
訪れた先では文化財には専門家がいて、あらゆる質問に答えてくれる。イベントも定期的に行い、普段は入れないようなところにも入れる。人を楽しませるというのが基本となる。
 昔は、イギリスでも専門家の力が強すぎて、そういうことができなかったが、人が訪れることによってお金が入り、悪くなった部分をまた直すことができる循環型の仕組みができた。

4)日本の観光の現状
 10年前の日本から海外への観光客は700万人、震災後、平成25年の今年になり、やっと1,000万人を回復したが、この数字は誇れるものではない。人口500万人のシンガポールで年間1400万を誘客し、タイや中国にも劣り、日本はアジア圏内で外国からの観光客が訪れる数としては第10位。フランスは先の述べた8000万人、アメリカは6000万人、中国は5500万人、日本は世界第3位の経済大国と云われながらも世界では33番目。

一方で円を持って外国に渡航する日本人は1500万人に登る。
第1話のエネルギー費用の流出同様、海外に私たちの労働賃金が流出しているのである。

 今後、日本政府は2020年のオリンピックを契機に2020年には2000万人、2030年には3,000万人と目標設定をしているが、何せ「文化財を産業と捉えたイギリス」でデイビッド・アトキンソン氏の言われるように観光資源の活用・保全に注力して来なかった現状からも課題は多い。
 また、観光について言えば観光として人が訪れる要素に、1にヒストリー、歴史、2にアクションで物語、3にリズムアンドテイスト、4にガールアンドギャンブル、5にサイトシーング、観光地。歴史、物語こそ最大の観光資源である。日本にとって未開発の産業が観光産業であり、活かせる歴史資源は多く存在する。
 

5)静岡市で出来ること
① 地域資源を観光資源として磨きあげる
京都に行って何を見るか、答えは神社や仏閣、庭園、歴史上の
跡地、それに付随する自然等ではないでしょうか。静岡市にも由緒あるお寺は多々存在する。
一例として2代将軍、徳川秀忠の生母西郷局がこの寺に葬られて徳川慶喜公もおられた宝台院の宝物殿には数々のお宝がある。
宝台院から久能山東照宮と羽衣までの社寺を繋ぐ「久能羽衣の道」などを繋げ命名したり、日本の国際外交が開かれた大御所時代の駿府のストーリーを見直すなど、ストーリーを持たせ観光に繋げる。
書くときりがないのでまた個別に事例は記載します。

② 次に実際に磨きあげること
茶釜、羽織、家康公の遺品ですら痛みがあるそうです。また、数百年という歳月が経過した歴史的な価値を持つ仏像が市内では盗難に遭う事も。
イギリスのように観光資源として投資をし、手を入れる職人が産業となり、来場者に説明する学芸員等の雇用、生涯学習として満足を得て賃金を支払うイギリスを例に文化・観光の仕組みの見直しが必要です。

③ 歴史資源の再建
最後には駿府城の再建ではないでしょうか。
決して血税を大量導入して建設するつもりはありません。
静岡市には「駿府城等駿府公園再整備基金」が20年前に議会で
条例制定されており、企業や個人はその基金にお金を支払った場合に
損金扱い(税控除として使用可)となる基金が既に制定されております。
だから、極端に云えば、税金を使わずに再建は可能です。

歴史は作るものです。
1360年を経過する法隆寺も3、400年に一度大規模修繕を加えます。
躯体がそのままのモノは久能山東照宮ぐらいでしょう。

300年先に残る木造建築で駿府城を市民の手で作りあげる。
それもスペインのサクラダ・ファミリアのように時間をかけて建築の
様子も観光資源として活用すればいいのです。
世界で唯一、260年余の天下太平の世を築いた家康公の城を
静岡市民と世界の平和のシンボルとして着工したいと考えている。
 

 26億円追加の水道局庁舎、市議会賛成多数で可決

-静岡市議会 平成26年2月補正予算議会-
  
2月12日の市議会での議案に対する質疑(宮澤含め2名が質疑)
を経て、昨日の2月21日の本会議の中で補正予算第16号(水道
局庁舎建設追加予算)が可決されました。
21日の本会議までに2月18日には上下水道教育委員会が開催、
 ほとんどの議員から本議案についても異論が訴えられ、その中で結
果的に付帯決議(注文をつけて認める)を付けて所管の上下水道
教育委員会、8名中7名が付して賛成、1名反対の賛成多数で
可決されました。
 そのような結果経て、2月21日、今回の反対討論が行われました。
反対の討論では耐震設備の増加に要因の液状化対策部分について
「2度目の地質調査で液状化対策の必要性を発見した」という水道
局の説明について、耐震補強の増加至った経緯に「一般的な地震動
と異なる数字を使用して必要性を算出したこと、また、その液状化の
可能性がある地質(地上より7.15m)よりも地下駐車場(地下8m部
分)の躯体基礎がしたになることから不必要ではないか」という反対討
論がなされました。
21日の採決当日は多くの市民の方が議会の傍聴に訪れており、
議決は反対討論で反対の意を表した他、私を含め4名の議員が
裁決で着席(否決)のままでありました。

私は市民から選ばれて市民を代表する監督者として税金を頂き
職務をさせて頂いていることから、本議案は市民に説明し得るに
納得できる説明に至らなかったことで反対としました。
 
最後に、賛成した議員と同様に本件はこの議会で終わりではなく、
今後も注意深く監視し、二度とこのような事態に至らぬように議会
としても対応を考えてゆきたいと思います。
(関連記事)
産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/region/news/140222/szk14022203180002-n1.htm

講演会のご案内 -大御所時代の徳川家康と中井大和守正清-

講演会のご案内 


第5回 駿府城講演会

-大御所時代の徳川家康と中井大和守正清-

 

講師:中井山外野上のご子息 第13代目   

主催: 一般社団法人 平成の駿府城をつくる会

日時:平成26年 2月20日   

会場:静岡商工会議所5階ホール

入場料 :1000円

詳細は以下、チラシをご参照ください

 

                       
講師紹介

中井山外野上のご子息 第13代目。

中井大和守正清は家康公から絶大な信頼を寄せられ、

久能山東照宮を始め、日光東照宮二条城、江戸城、

駿府城天守など歴史に残る名建築を完成。

現存する中井大和守正清が建設した建物の半分は

国宝になっている。また、駿府城再建についても現存する

中井建築から当時の指図(図面)が無くともどのような建

築であったかを割り出すことができるとされている。

私自身も江戸に時代最高の匠の子孫の話を伺えるという

こともあり非常に楽しみにしている。

今日現在で、まだ少しだけ席に余裕があります。
お時間のある方はご参集ください。

静岡市が何で生きてゆくか、

それは歴史文化を活用した観光施策ではないかと考えている。

政策特急「第1話 地域活性化はエネルギーシフトから」

政策特急「第1話 地域活性化はエネルギーシフトから」

 

―ドイツは得になるから原発から自然エネルギーにシフトした―

 

「日本の貿易収支赤字は原発が止まったことによって増大し、経済を圧迫している。」なんて記事や国会での答弁が伝わってこよう。

 

しかし、中身を見れば11兆円中、原発が止まった事で化石燃料の購入費用が増加し、3.5兆円の貿易収支赤字が発生したというが、果たして本当にそうであろうか。

 

実際には円安とそもそものエネルギー原価の増加がある。

ここ10年で原油価格は1バレル30ドルから100ドルを超えるまでになった。では原油価格は下がるかといえば、世界中にある原油が2兆5,000億バレルある中で、取りやすい原油は既に半分の1兆バレルを使い切り、現在世界では海底8000mから採掘している現状あること、途上国による地下資源の使用量の増加は必須であり更なる高騰が予想される。

 

原油の値段も2000年までは1バレル30ドル平均であったのが最近では1バレル100ドルを下回ったことはなく、この原油の値段に合わせた形で世界のエネルギー資源の値段は変化する。現に資源エネルギー庁の資料でもウラン価格は3.5倍になっている。

                       

これらの変化に日本で生活している私たちはそこまで実感がない。

理由はエネルギーコストの変動リスクを軽減する為に、長期契約で海外から石油等の化石エネルギーを購入しているので影響を感じないわけだが、ドイツは違う。

 

ドイツでは1年で、例えば、ドイツでは年間暖房費として一般家庭で年間35万円から40万円の拠出があり、灯油の値段が僅か1年で倍になるなど価格の変化に一般生活は大きな影響を与えている現状があった。

だからドイツでは海外からのエネルギー変動リスクに依存しない政策として自然エネルギーの方針へと転換したのであった。

 

ドイツは得になるから原発から自然エネルギーにシフトした理由に「将来に対するリスクの軽減」があった。

 

もうひとつ、ドイツが自然エネルギーにシフトした訳は「儲かるから」である。

例えば先ほどの日本の化石燃料の高騰によって発生したという貿易3.5兆円の赤字。

これは全て、海外に流れているお金である。

電力会社等が海外から購入したとして、一度燃やすなりして電気に変えて、6割もの熱源は海や空に放出する。高いお金を出して、一回限りの使いきりで、尚且つ効率が悪いのが日本における化石燃料である。

云ってみればアラブの石油王が高級車を買うために、私たちが働いているようなものである。

もっと具体的に云うと、静岡県民が中部電力に支払っている電気料金は年間約9000億円、それが地域で循環しないままONEWEYで海外に流出、残りは大気や海を温めている。

 静岡県予算が1兆2000億円なのに対して9000億円の資金である。公共事業を地域に撒いて、景気雇用対策とするならば、まさに、電力費として海外に流れているそれを地域に循環させる事が地域経済の活性化に寄与するのではないか。

 その政策を実行したのが、「得になるから」導入した原発からのエネルギーシフトであった。

 

 そして、今、ドイツでは省エネで現在のエネルギー使用を半分に、残りの使用する電力等のエネルギーは2050年までに自然エネルギー100%で賄うエネルギー戦略を策定・実行している。

そして、既にドイツ人のうち、6割の人が自然エネルギーで発電しているか、もしくは自然エネルギーへ投資するまでになった。それも海外に出ているエネルギー費用が地域で循環して儲かるからである。

 

 付け加えておくが、省エネ補助金が地域経済の活性化として国でまず先に決定される地域経済対策補助金となっている。

その理由も先ほどドイツでは年間30~40万円のエネルギーコストを一般家庭が拠出していると述べた。その費用を20年間支払ったとすると600万円から800万円となる。そこで、一般家庭の平均予算で500万円を投じて、最新の3重のガラスや壁を断熱をすることで冷暖房費ゼロ住宅を実現させている。その結果、真冬の寒い日にどの部屋にいても19度以下にならない状況になり、年間を通じて快適に生活できる環境を実現している。また、その取り付けは地元の工事業者が仕事を受注し、ガラスや壁材をつくる地元の工場にもお金が流通する仕組みになっており、中小の景気・雇用対策として最も効果のある政策として導入されている。

余談であるがドイツ等では19度以下の部屋で人が生活すること自体、人権侵害としているのには驚きである。

 初期投資して年間のエネルギー費用を削減し、それで将来支払う費用を軽減することで初期投資を賄う、実質支出0である。

いい暮らしをして、なおかつ負担も軽減でき、地域経済にも貢献する三方WINIWINを考えた政策に脱帽である。

 

 このようにドイツでは原発から自然エネルギーや省エネ政策へと転換した理由は「将来に対するリスク対策」、「景気・雇用の経済対策」のために導入していたのである。

ドイツ人は倫理的に、文化レベルが高いなどではなく、儲かるから、ならば日本もやるべきだろう。

 

最後に、ドイツ人から見ると日本が羨ましいそうだ。

なぜなら、日本にはドイツのように厳しい冬もなく、太陽は降り注ぎ、高低差がないドイツとは違い急峻な山では活きよいよく水が流れ、ドイツではシュバルツバルト(黒い森)があるだけだが、日本の山には豊富な山林があり、ドイツの海は北に少し、日本のように長く伸びる海岸線と打ち付ける波が羨ましいと、ドイツに比べて7倍もの自然エネルギーのポテンシャルがある日本が羨ましいと言われているのである。

 

 このエネルギーシフトを日本でもそろそろ舵を着るべきではないか、静岡市からの発信をしたい。

 

(※参考文献 村上敦著 キロワットアワー・イズ・マネー エネルギーが

地域通貨になる日、日本は蘇る)

―水道局庁舎建設34億円から59億円に至る議案に対する質疑―

静岡市議会報告

―水道局庁舎建設34億円から59億円に至る議案に対する質疑―

 

2月14日の補正予算審議にて新聞でも取り上げられている

水道局庁舎建設について議案質疑(質問)を議定で行いました。

 

  水道局庁舎建設とは、駿河区宮竹に建設する予定で用地を取得、

その後、七間町の賑わい創出と清水庁舎への震災等の問題、有事の際

に市庁舎との距離が近い事を理由に、平成23年9月議会に土地購

入の議案を上程。賛成多数で可決されました。

平成25年2月議会、ちょうど一年前に庁舎建設に土地代金を含め、

50億円以内、水道事業には負担をかけないように民間団体に余剰

スペースを貸出して支出を賄う旨の説明があり、建設費予算33億円

が可決されたのでした。

 

 僅か1年で建設費が59億円に跳ね上がって補正予算が上程された

ことが今回の議案です。

 多くの議員が違和感を持っている本議案に対して、質疑を行いました。

 

 ポイントとしては5点、経緯、賃借、設計、耐震、価格にわけて2人

目の質問だったので項目を絞っての質問を行いました。

 要点)

①経緯について

本来であれば基本設計が終わった段階で予算を議会に上程するのが一般的で防災施設として必要だった、鈴木学園の入居希望があったからと説明はされたが、基本構想の段階で議会に上程することが間違いだった。議決の軽視ではないかと感じさせてしまう。

 

②賃借について

庁舎建設の経費について「水道料金に迷惑をかけない。ついては耐用年数以内で民間事業者から回収するという点は変わっていない」という説明に対して、対応年数の38年は建設費が33億でも59億でも変わらない話である。そして、賃料の交渉は33億円予算の際に坪単価4200円で交渉しており、安くすることはあっても上げることはないとする答弁であった。また、一方で周辺の賃料は8000円から1万円と水道局が周囲に比べて半額で特定企業に貸し出すことに他の事業者から見た際の整合性がどのようにあるかが課題として残る。

賃借については、耐用年数というお尻が決まっていながら建設費の総額

は上がったが、テナント料は上げられない、一方で負担は賃料で賄うと

いう苦しい説明であった。

 

③設計について

基本構想を行ったパシフィックコンサルタント、基本設計をしたアド設計

について確認をした。

 新聞報道では「パシフィックコンサルタントの見積が甘かったのではないか」との指摘があったが、実績で言えばパシフィックコンサルタントは最近では清水区の桜ヶ丘高校の設計も請け負っている。

 一方で、アド設計の静岡市での実績は3件、合計でも1,000万円の設計で、今回の1億円規模の設計が実績はない中でなぜ、請け負うことが出来たのか。そもそも、設計による建設費の倍近くの増額はどこに責任

があったのかが議論となった。

 

④ 耐震性能について 

建設費33億円に対して、耐震対策費用の増加額が9億円である。本来33億円の建設費には公共建築物に対する建築基準法が適応されており、その上で33億円の建設工事費が積算されている。

 そもそも含めれている現基準の対策に上乗せしての9億円、30%の増

加とは何なのか。

その説明で「静岡県の震災想定である第3次被害想定から県が南海トラフ巨大地震を含む第4次被害想定になったので対応をした」とあったが、静岡市内では県が公表した時点では、公共建築物の耐震基準に変更はなかった。

 また、静岡市内でも一部では震度や加速度が縮小するとの想定された箇所もあって、この3次想定から4次想定の段階で上下水道局内で何が変わったのかも納得できる説明がされなかった。

 新聞報道でもある、南海トラフ巨大地震への対応という説明では通らない。

 

⑤価格の妥当性について

 県の外郭団体であるNPO法人静岡県建築物安全確保支援協会等に価格について調査依頼し確認を取ったとされる。が、これまでの変更ですんなりと納得ができにくい状況に変わりはない。

 

 

 結論として、これまでの説明で多くの議員が本議案について疑問・違和感を持っていることは間違いない。個別でおかしいと声をあげる議員も居る。次の2月21日の2月定例会本会の議決ではおかしいことをおかしいと云える議員がどの程度いるのか、関心を持って注目したい。

 

(関連記事)

中日新聞

http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20140116/CK2014011602000098.html

静岡新聞

http://www.at-s.com/news/detail/911081046.html

建通新聞

http://www.kensetsunews.com/?p=4510

地域を豊かにする政策 再生可能エネルギーの利用について

地域を豊かにするエネルギー大転換と題して2014年2月4日に講師に村上敦氏を招いての講演会が開催された。 静岡大学の元学長の佐藤先生からのご案内であったが行ってよかった。

村上敦さんは大学時代に村上さん著書のドイツフライブルグのまちづくりを食い入るように見た事を思い出す。それから議員になって、まず訪れたのが4年前のドイツ。

この視察で直接ご案内頂ける予定だったが都合が合わずに別の方が代理で来られました。

今回は非常にお会いしたかった方の話を聞き、ご本人もドイツの政策もさすがでした。

 

結論から言えば、「自然エネルギーの普及は地域が儲かるからやっている」であった。

そう、静岡の経済活性化の活力はここにあると感銘を受けた。事実、我が家の10kwの太陽光発電も地元の業者が設置して、電力会社には依存せずに収益となっている。まさに地域経済循環ができている。静岡市でも誰もが取り組める再生可能エネルギーは地域活性の試金石となる。

 

 

ここで、講演の内容を一部掲載します。

鳥取県人口1万5千人の北栄町、そこに9基の風力発電が設置されている。設置の理由は環境教育ということであった。これまでは15年動けばトントンの計算が、最近の固定買取制度で毎年4億円の収入を生むまでに。

ドイツでもはじめは大義があったが、地域で広がり今では自然エネルギー事業で地域が豊かになって来ている。

 

世界の大企業10位、ウォールマートとトヨタを除けば全てエネルギー産業である。

国内でも原発立地地域は周辺の市町村所得平均に比べて倍以上というところもある。

では、静岡県ではどうか。

静岡県では年間現状として9000億円のエネルギー費用が、地域から流出されてしまっている。9000億円支払っているコストは中部電力を経由して石油産油国のアラブやウランの購入費用として海外に流出している。

ドイツ、オーストリア、デンマーク等で地域を回るお金として自然エネルギーに取り組んでいる。ドイツも緑の党がすすめているのではなく、47%の指示を得る保守政権が推進している。

 

静岡県の話に戻ると、製造業は水物で、ボーナスみたいなもの。

静岡県は製造業がある比較的豊かな県だが、人口減少が進んでいる。

日本も2100年には高位推計で人口6400万人、中位で4771万人、低位で3770万人と予測されている。これは既にそのトレンドに入っている。

また、2030年には国土の基盤インフラの維持のために今の倍以上のお金が必要になる。

そうなると基本的人権も維持できなくなる。

だからエネルギー費用として9000億円もアラブに使わないで地域でエネルギー経済を

循環させる必要がある。

(書籍のキロワットアワー・イズ・マネーはまさにそこを突いている)

 

ドイツの国策である脱原発も地球温暖化防止ではなく、先にやった方が国の経済にいいからである。

なぜか。

燃料の枯渇、これまでに人類は1.2兆バレルの原油を消費してきたが、取りやすいところは取り尽くし今後は採掘コストが上がる。ウランもストックを上回る消費である。

 

なので、ドイツはいち早く2012年に脱原発、2050年までに脱化石を目標に取り組んでいる。現在は再生可能エネルギーが22.9%まで伸びている。

2013年には再生可能エネルギーの割合が25%にまでなる。そのドイツのポテンシャルといえば、日本の7分の1程度しかない。

ドイツで地熱発電をしようものなら、7kmは採掘しなければならないし、日本は豊富な日照時間もあるので太陽光、高低差で小水力や風も海岸もある。宝庫である。

 

ドイツでは年2%の省エネの効率化をすすめ、2050年に省エネを50%達成することとしている。

まずは、本気でやろうと決めればできるんだ。

 

高い費用を投入しても原発や火力発電は効率が35~40%程度。残りは海や大気に捨てている。自動車だってガソリン10リットルで前にすすめているのは3~4リットル程度であとはボンネットを温めているに過ぎない。

この建物でもムダがおおい、断熱をしっかり行えばこの人数で暖房はいらない。人間ひとり500kwhの熱を持っている。

 

風力発電も自分の出資でなければ音が気になって頭がいたくなるけど、自分の出資だと音が聞こえないと頭が痛くなるものだ。今、一番の再生可能エネルギーの村がヴィルトポルツリートだ。

http://midori1kwh.de/2012/08/12/2245

 

ドイツの再生可能エネルギーは3分の2が地元企業や市民による出資の発電である。

大切なことは誰が出資をしたのか、日本の美味しい状況に海外の投資家が狙っているが、それではこれまでと同じ。地域の人が出資するからお金が地域で回る。

 

ドイツでは8人にひとりが再生可能エネルギーに出資している。

なので、電気代が5%や8%あがっても気にならない。

それ以上にリターンがあるからだ。

 

フランスから電力を買っていることについては、

ドイツの出力は東電のピークと同じで国自体が大きくない。

フランスでは原発で発電した夏の余った電気をただ同然で売るのでフランスから入って来ている。

冬のピーク時にはドイツから買っている。イタリアは発電施設を持っていないが、スイスとオーストリアの水力発電から購入している。

 

間伐材を利用したバイオマス発電についてどうか

木材チップだけでやると川上に圧力がかかったり、自国の木材が足りなくなって結局は海外から輸入している。ヨーロッパでは当初夢の発電所と思われていたが、木材チップは不均一で5年はよかったが、今は倒産している施設が相次いでいる。

日本でもひとつうまくゆけば競争が激化し、路網整備が進んでいないので原木がでなくて、木材価格の上昇になるのではとかんがえる。

 

以上

 

富士山世界文化遺産と三保の松原逆転勝利

三保の松原を世界文化遺産の構成要件として取り入れてもらった自らの体験に基づいた話と、富士山が世界遺産になった意味について歴史や文化という幅広い見地から語って頂いた。まさに、私が従来から云っている「人も自然の一部」、それが日本人としてのアイデンティティにあることがわかったこと。そして、それが数々の文化に引き継がれた結果が富士山世界文化遺産であるということに納得が出来た。
その意味から富士山の世界遺産は日本人として大変嬉しく思う。

以下に、当日の講演のメモ書きを抜粋して記載します。

富士山に刺激されて、日本人が芸術的に価値を作った。
富士山が世界遺産ではなく、富士山を利用した日本人、日本人が芸術的作品に仕上げ、
普遍的価値を作り上げた。これはただ自然が世界遺産として評価されただけではなく、日本人の作品を評価されたという、違う意味も持つ。

三保の松原について
2013年5月1日、富士山から45kmも離れたイコモスが三保の松原を除外した。

その後、世界遺産選定委員会場で
6月22日、目に見えないつながりがあるという主張を粘り強く実施。
長い間、日本人の心でつながっているのであればと多くが賛成を示してくれたが、議長を通じて、4カ国が反対すると事前にわかった。その4つの反対する国について、癖や考え方を事前に聞いて、一カ国ごと対話を進めた。
反対国については2つにひとつ、「反対するか、賛成が多ければ反対せずに容認するか」のどちらかであった。だが、議決の際には一番難しかったドイツも「三保の松原を入れろ」と初めにいってくれた。

日本の伝統文化-自然感
日本人は「人間は自然の一部」と捉え、目に見えぬものの価値の認識する。
近代化とは違い、今はこの価値観が傍らに押しやられてしまった。
例えば、毛起寺は自然の中にある自然と調和した世界遺産

一方で欧米と異なるのはベルサイユ宮殿のように左右対称で自然を超越する幾何学的な建設物である。

Tカップも西欧は均一がとれた円のモノを好むが
日本の茶碗では自然界に直線はないとして、直線などを追求しない。
それが心をほっとさせるのである。

私たち日本人は動物に対する認識も西欧とはちがう。
欧米では、動物は人よりも下だが、日本では、鶴の恩返しのように同等である。

物に対しても欧米では、一部近代化で使い捨てのところもあったが、日本では、付喪神が宿るとして万物に対して魂を感じてきた。
こうした自然観から
自然、目に見えるぬモノの価値、水墨画のように間の持つ力、相手の心や文化を尊重することを日本人には感じることができる

また、地球が抱えている問題も欧米的な科学技術が発達すれば解決できるのではなく、日本の心が解決に導くのではと思っている。

西欧にも当然そのような方は居る、芸術家や文化人。
科学で自然を超越しようとしてきた。科学の力はすごい、直ぐに結果が出るが、精神、非物質的なものを持ってきた。
日本は移民族に征服されたことがなく、伝統的な文化財が残っている

自然観、美しさ、目に見えないが外国の人も感じていただけたのでは。

あまりにも近代合理主義に進みすぎた結果である、これからの人類の問題を考える上で文化からの再認識が必要であり、日本がそのモデルの国家になれると思う。

さらに、世界遺産登録を契機に「日本人の思想、文化、自然観、美意識が再評価されれば」と期待を込め、来場者には「富士山を守ることは自分たちの権利と考え、誇りを持って富士山と三保の保全、継承に皆さんの力を結集していただきたい」と呼び掛けた。

2013年1月31日 遠野市視察報告

「遠野市の後方支援について」

本田俊秋市長より報告を受けた

 

<来るべくして起きた震災>

東日本大震災、津波は90%以上の確率で来ると言われていた。

 

116ある遠野物語の第99番目に津波の物語が掲載されている。

田老町も当時、消えたまちのひとつであった。

1世紀かけて、世界一強いまちづくりを掲げてたが、また津波で無くなってしまった。

 

あるコラムに「津波で流されて大変だ。どうしてくれるんだ」といった掲載があったが、ある学者はこう切り替えした「90%以上、津波が来ると言われている場所に立てた責任はどうするんだ」と。

どこかで意識が風化したのでは。

明治三陸沖地震から37年、昭和3年に3,000名の犠牲者を出した。

真夜中の1時半にきた地震に対して、記憶に残っていて逃げた結果、このような犠牲者で済んだのではないかと。

明治三陸19時から19時半に津波が押し寄せた。

家族団らんの時間で、家族全滅した。

 

今回の東日本大震災は昼間の時間であった。

エネルギーの割には被害が少なかったと考える。

 

 

<地理的優位>

遠野市は盛岡市や花巻から40kmが遠野、そこから50kmで太平洋岸というちょうど

真ん中に位置する地形から、遠野は昔から交通の要衝であった。

そして、花崗岩であり、地盤も強かったこと、活断層がないことから明治三陸沖地震やチリ地震の際に後方支援活動を行っていた。

 

遠野は年間予算180億円、税収で22億円、あとは交付税に頼るしかない、

そのため、ヘリポートの建設やハコモノに費やすお金がなかった。

そこで、2007年、太平洋岸の震災に対する後方支援の用地としてグラウンド近くの幹線道路沿いに消防本部を移転した。

その後方支援としての提案書を持って各自治体をまわった。

そうしたら「体育館がないからやりたいのか」という自治体もあった。

海がない遠野がなぜ、そんな事を申し出るのかともいわれた。

 

 

「構想から実践へ」

自衛隊宗像さんに遠野市長が提案書を持ってきた際に、市町村が持ってきたのは初めてだ、これは県や国の仕事ではないかとも言われたが、その年に実施した。

参加者は18000名、2300台の車両に航空機43機、町内からも自主防災からみんなが参加した。(ちなみに遠野市の人口は29000名である)

 

岩手県では13市が持ち回りで平成19年にちょうど遠野市があたり、地震を想定しての

訓練、震度5以上であれば日本海溝で津波が発生する、津波災害を想定した防災訓練メニューをいれて欲しいと岩手県に申し出たのである。

その際には海のない遠野市では必要ないことだろうとも言われたが必要性を訴え、津波災害を想定した訓練をこの平成19年に実施できたのである。

 

 

<東日本大震災では>

遠野市庁舎も柱が座屈し、全て庁舎が沈んでしまった。

幸いにもけが人はでなかったが、3月12日には自衛隊の一大基地となっていた。3年前の訓練があったおかげであった。

3月11日も15時には「運動公園を解放しろ、自衛隊が来るぞ」と指示し、動けたのも訓練の賜物であった。

 

静岡県、危機管理部に静岡県下の市町村が岩手県各市町に支援に入った情報を得るべく、

遠野市長の横に座ってもらい指示を仰いだ。

 

<災害基本法>

被災地からの要請があって支援に動くのが前提であったが、今回の東日本大震災のように市長も職員もなくなってしまった場合に要請を出すことが出来ない。

そこで、自らが情報を収集して迅速に支援をおこなった。

 

職員を派遣する市長としての責任がのしかかる。

 

自然のエネルギーはとてつもない、防災という考えから減災という考えも大切ではないか。

 

 

<宮澤。市長への質問>

自衛隊に要望書を持って行った相手とその対応はとは。

自衛隊の駐屯地のトップである宗像さんに話をして、その人が迅速に対応して共同訓練を実施してくれなかったら今回の後方支援は出来ていなかった。そのきっかけは大きい。

 

 

「静岡市政への反映について」

静岡市も80%の確率で東海地震が、南海トラフ3連動大地震が起きることも想定されるようになっている中で、今回の視察は非常に参考になった。

私も東日本大震災が発生後7日目に現地入りしたが、支援物資や被害状況の情報などは現地にゆかなければ入らない状態であった。そこで、まず被害を想定してどの程度訓練を行ってこれたかが重要である。

以前、支援物資の後方支援策として山梨県や第2東名のSAに支援物資を集約し、そこから市内の被災地に輸送する案をトラック協会と市へ提言。それらのことを踏まえ、静岡市トラック協会と静岡市で災害支援協定を締結するに至ったが、今回の視察を受けて、現実的に後方支援の拠点となる市町村等を定め、自衛隊と連携して静岡市はいち早く、大規模な災害訓練と実施するべきである。その検証でまた多くの課題が見つかると共に、有事の際にひとりでも多くの大切な命を救うことができればと思う。

今後は市へ働きかけると同時に、議会としても自衛隊に要望を提出する事も思案するべきと考える。(2年前に下大谷線を使用して自衛隊車両の通行調査は行ったがより広域で実施するべきと考えている。)

 

出典:静岡市議会静翔会視察 配布資料 平成26年1月31日

 

 

-全国初、河川敷の植栽「松の管理計画が策定」-2012年に問題となった樹齢200年の黒松の伐採のその後

(経緯) 2012年2月2日、地元の林業家から連絡が入った。内容は「樹齢200年にもなる安倍川河川敷に生えている黒松を伐採するんだが、本当にいいのだろうか。仕事にはなるが、残した方がいいのではないか」との問い合わせを受けて、翌日、現地調査に向かった。 そこにあったのは見るも無残な姿で、ヤシの木のような格好をした松が数十本生育していた。松の周囲には既にバリケードが張られており「2012年2月13日より伐採開始」と立て看板に記載してあった。ここで、この姿で伐採される松の経緯を確認するべく、国土交通省や当時の副大臣に要請し、一旦工事の中止を求めた。  樹齢200年の黒松が伐採されることとなった経緯は、平成16年、周辺住民から「松の葉が飛んできて屋根の雨樋に詰まるので切って欲しい」ということから始まった。その年、国土交通省安倍川河川事務所が周辺住宅等の屋根や側溝に溜まった松葉を処理した。   翌年の平成17年になるとそれでも「風で松葉が飛んでくる」との住民からの声に河川敷の堤防の上に生えている松の東側、住宅側の枝を全て削ぎ落としてしまった。  その翌々年の平成19年にはどうなったか。静岡は冬型の気圧配置の西高東低の際や台風あとには突風のような西風が吹く。河川敷は風を遮るものがなく、直接、松は西風の影響を受ける。西側だけの枝を残された松がどうなるか、真正面から枝葉が強烈な西風を受けると東側の後ろ盾がなくなった枝は折れ、さらに葉も飛び散るようになった。  ついには平成20年、西側の枝葉も切って欲しいとの要望に応じて西側の枝葉を伐採した結果、ヤシの木のような松が出来上がった。 平成22年、巨大な台風、15号が9月21日に静岡市に上陸、ヤシの木のようになった松は揺れ、

しなり、この松に残された枝が高所から落ち、住宅、倉庫を損傷する事故が起きたことをきっかけに国土交通省は平成23年の2月に周辺の56本の松を伐採をすることにした。 そこで、直線ではあったが私たち関係者が伐採にストップをかけた訳であった。

(何が問題であったか)  56本の松の伐採を巡り、地元住民、国土交通省河川事務所などと何度となく話し合いの場が持たれ、伐採を許可するように云われた。そのやりとりは地元のテレビ局を始め、TBS系で全国放送にもなった。この経緯に至った問題点は国土交通省の「松は勝手に生えてきたもの、管理する責任はない」の発言に現れている。  専門家に言わせれば通常、樹木の選定は上からするものであり、この場合は土木事業者が切りやすい下から枝を伐採、また被害が大きくなる風上の枝葉を残すなど素人の思いつきの対策であったこと。松の高さを抑えることで枝葉の落下の問題は軽減でき、これまで通りに防風林として、堤防の支えとしての機能が保たれたとのことであった。また、56本、一律伐採する方針についても静岡県樹木医協会の協力のもと、ガンマ線を用いて松の幹の腐り具合を調査し、残せる松は残し、適正な管理をしてゆくことを求めた。

(その後)  平成25年度、全国で初めて国土交通省河川事務所が松の保全計画を策定し、運用を始めている。日常の巡視に加えて定期的な枝の剪定や薬剤注入による松喰い虫対策などの保全作を強化。安倍川沿いにある260本のその他の松についても中長期的な管理計画の元で保全されることになった。  大変嬉しいことである。あのまま、切ってもその場しのぎであり、また近隣住民に被害を及ぼすかもしれない。そんなその場しのぎの対策では松は全てなくなっていただろう。 私の考えの根底にあるのは、人も自然の一部であるということだ。 確証はないがこの松も、江戸時代、安倍川の水脈を西に避け、駿府という市街地を形成するにあたり、薩摩藩に命じて作らせた薩摩土手の一部が今回の土手であり、水害から住民を守るために200年前に直根である松を堤防の杭として、河川が反乱して決壊した祭に切り水害を防ぐ為にご先祖が植えたものである。全て自然とともにある知恵である。 また、ここはその昔、富士山を背景に松の間を歩くシーンで水戸黄門のロケにも使われ、近くにはその後、世界遺産になった三保の松原もあり今、三保の松は県内でも最も観光客が訪れる有名スポットとなった。そんな自然が私たちの生活も助けてくれていることを忘れてはならない。

付け加えておくが、国土交通省に問題はない。問題なのはそのような制度がなかったことである。政治は制度を創り、時代に合わせて制度を変えてゆくことである。私がなぜこの仕事しているのか、それは社会の問題を作るのも、解決するも制度であり、その制度を変える必要性を感じこの仕事を続けている。時代にあった制度に変え、次の世代に胸を張って残せる社会を作るのが私の職務である。

11月議会報告等




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